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第8回 峠の定理

季節の変わり目には、山への想いがいっそう募る。 さっそく山行の準備をする。あれこれとザックに装備を詰め込むが、詰めきれない。全部ひっぱりだし、幾つか置いていくことにして詰め直す。夜、布団に入ってから、ザックの中身をあれこれと考える。起きてまた詰め直す。あす、山へ行く予定でもないのに。

いつも、こんなことを繰り返している。愚かなことである。そこで、何が必要で何が必要でないかを改めて考えてみることにした。

まずおおざっぱに、無雪期の低山と高山、積雪期の低山と高山の4つの場合に分類し枠を作った。次に、自炊しないことを条件として、日帰りまたは小屋泊まりを想定し、それぞれの枠に装備を順次記入してみた。出来上がった表をつらつらと眺めてみると、無雪期の低山の装備は他のどの山行にも共通する装備であることがわかった。よって、この装備を基本装備とし、これをさらに通常装備と非常装備とに分類した。

すると通常装備は、着替え・防寒具・雨具・ヘッドランプ・スパッツ・タオル・手袋・帽子・磁石・地図・水・食料の12となった。これらのうち、着替えから磁石までの9つの通常装備と非常装備とを常にザックに詰めておけば、無雪期の低山では山行の際に地図・水・食料の三つだけを準備すればよいことになる。また、無雪期の高山と積雪期の低山の場合は、通常装備の防寒具を強化し、軽アイゼンとサングラス(又はゴーグル)をプラスすればよいのである。なぜなら、どちらも気温が多少低く雪も多少あり、条件は同じだから。積雪期の高山については防寒具をさらに強化し、冬山用の靴にピッケルをプラスし、軽アイゼンを冬山縦走用のアイゼンに替えればよい。

自炊する場合には、以上の他にコンロとコッヘルが必要となる。さて問題は非常装備である。多くの人は、日常的に起きる腹痛・頭痛・かぜ・軽いケガなどを想定して準備しているようである。しかし、非日常的な山ではそれでは不十分であろう。救急車は来ないのだから。

私は非常装備として、「最悪の事態に陥るのを防ぐための最小限の装備」が必要だと考えた。最悪の事態とは、下山できなくなった事態をいう。山では、たとえ重傷でもなんとか歩いて下山できれば問題ない。しかし、足を捻挫しただけでも歩けなければ問題なのだ。よって、このような事態に対処できる装備がなければ命にかかわることになるのである。

つまり、非常装備とは、下山できないような最悪の事態に対して、下山できるようにするための最小限の装備だと考えたのである。たとえその日に下山できなくとも、ビバーク(不時露営)して体力の回復を図り、なんとしてでも下山できるようにするための装備なのである。

この考え方を、私は勝手に「峠の定理」と呼んでいる。実は、ゲーム理論というのがあって、これは「ゲームに勝つには最大の損失を最小にすればよい」という理論なのである。これをミニ・マックスの定理といい、ミニでありマックスである点を鞍点と呼んでいる。鞍点(鞍部)は山にもあるが、鞍部より大きな凹凸を表す峠の意味から峠の定理としたのである。すなわち峠は、周辺で最も低いところであり、かつ、ルートとしては最も高いところだからである。

具体的な非常装備は、(1)解熱剤や腹下し用の内服薬、(2)消炎剤とテーピング・テープ、(3)体温低下を防ぐための唐辛子やカイロ、(4)ツェルト(簡易テント)、(5)シュラフ(寝袋)カバー、(6)レスキューシート、(7)ライターと着火剤、(8)ナイフ、(9)非常食、(10)毒虫や毒蛇にかまれた場合のポイゾン・リムーバー、(11)葉や幹の窪みにたまった水を飲むためのストロー、(12)SOS発信用の笛や手鏡、などとなろう。これらは実際に非常時に私が持って来れば良かったと思ったものである。最近は携帯電話で簡単に110番通報できるが、山奥では通じないことを忘れてはならない。

これらの総重量は2キロ程度である。よって、私はこれらを日帰りハイキングでも必ず持って行くことにしている。かつて山の先輩が教えてくれた。「ベテランは最悪の事態を想定して準備をし、山ではそれを忘れて楽しむ。初心者は楽しいことばかりを想定して準備をし、山では遭難の心配ばかりしている」と。

※ 『新ハイキング』誌、'99年10月に掲載されたものに加筆修正したものです。

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