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第46回 登山技術をどのように習得するか

初心者が山歩きをしてみたいと思ったときに、どうするかというと、

  1. 一人で近くの低い山へ行ってみる
  2. 友人・知人の山行計画に参加させてもらう
  3. 雑誌や旅行会社が募集している山行計画に参加する
などとなるでしょう。つまり、一人で行く単独行か、数人で行くグループ山行か、数十人で行く集団山行かのいずれかを選択することになるでしょう。グループ山行の場合は友人・知人とはいっても登山の技術・経験がどの程度かはお互いによくわかりません。これまでいっしょに山に行っているわけではないのですから。また、集団山行の場合は、どこの誰が参加するかわかりませんから、いっそうお互いに登山技術・経験がどの程度かはわかりません。

グループ山行で、メンバーが互いに登山技術や経験あるいは体力や性格などをよく知っている場合には、あまり問題にはなりません。しかし、初めて会社の同僚などといっしょに山歩きをしたり、集団山行に参加したりするとどうなるでしょうか。たとえ、リーダーがいてもメンバーの登山技術・経験があまりわからないわけですから、リーダーとしての役割は果たせません。せいぜい道の案内役でしかありません。要するに、観光旅行と変わりません。これでは事故の予防もできなければ、事故が起きてもどうにもなりません。

ところが、多くの初心者は、にわかグループに参加したり、誰もが参加できる山行計画に参加したりして山歩きをしています。その理由は主に二つあります。一つは、山に行きたくても山の知識や経験がないので、一人で行くには危険だと思うからです。山で事故を起こしたり、遭難したりしたくないのです。もう一つは、一人で行くよりも多くの人と行った方が楽しいし、安全・安心だと思うからです。

昔は山岳会やハイキングクラブなどがあちこちにあって、身近な山岳会やハイキングクラブなどに参加して、そこで登山技術を習得するというのが一般的でした。たとえば、ほとんどの高校や大学には山岳部やワンダーフォーゲル部がありましたし、会社員のための勤労者山岳会の支部が各地にありました。また、県や市町村単位でも山岳部がありました。また、山用品店でもお客様のための山岳クラブを作っていました。しかし、最近ではこういったものが少なくなってしまいました。昔、山岳会などがたくさんあったのは、もちろん山歩きをする人が多かったからです。しだいに、山歩きする人が少なくなって、各地の山岳会やハイキングクラブが少なくなってしまったのです。最近、また山歩きする人が多くなってきたのですが、身近に山岳会などがないため、多くの人は登山技術を習得する機会がないのです。それで、しかたなく、にわかグループを作ったり、募集している集団山行に参加しているのだと思います。

昔は、旧文部省の国立の登山訓練所が丹沢にあったのですが、現在はありません。ここでは登山の基礎から岩登り、沢登り、八ヶ岳での冬山登山などの訓練を行っていました。しかも、費用は食費・宿泊費やテキスト代などの実費だけです。こういう国立の登山訓練所に参加すればベテランからいろいろの登山技術を学ぶことができました。現在では、民間の旅行会社などが山行計画を立てて一般の人を募集し、ベテランが登山ガイドとして案内役を果たしています。しかし、あくまで案内役であってリーダーではありません。また、ガイド料金がかなり高いので、少人数のグループでは冬の高山に行くときとか、海外の山へ行くときなどのほかはほとんど利用されていません。つまり、スリーシーズンの低山歩きにわざわざガイドを雇う人はあまりおりません。

ではどうするか。最初から一人か、あるいは気心知れた二、三人で行くことを勧めます。なぜなら、その方が早く登山技術を習得できるからです。最初は多くの人が行く観光地並みの低山歩きをします。道に迷うことがなく、あまり危険な場所もなく、また、もし怪我や病気をしても自分で対処できるような山です。たとえば、東京ならば高尾山、神奈川県ならば大山・箱根山などです。これらの山は小中学生が遠足に行くような山です。こういう身近な山は日本のどこにでもあります。日本の国土の約70%(私が小学生のときは80%以上)が山だからです。登山技術を習得するには一人で行くほうがいいのですが、最初は一人だと心細いので、二、三人で行って助け合えばいいと思います。

なぜ、一人だとより早く登山技術を習得できるかと言いますと、誰も頼る人がいないので、それだけ真剣になるからです。どのような装備が必要か、どのような技術が必要かなどを事前に本で読んだり、登山用品店で聞いたり、どこへ行くか地図を見て自分でルートを決め、頭の中でシミュレーションしたりします。一人で計画を立てて、それを実行するということがいっそう楽しく、また、より満足感が得られます。こういうことを何度も実行していると、いろいろな場面に出会い、経験を積むことになります。つまり、本を読んだり人に聞いたりして登山技術に関する知識を得、そして、経験を積むことにより知識がより深くなり、しだいにより高い山へ行ってみようと思うようになります。いつも人に頼るような人は、いつまで経っても知識・経験を積むことができません。

私の場合は、中学時代に一人であるいはクラスメートと二、三人で山歩きを始めました。きっかけは、小学生の時に大好きだった遠足が中学ではなくなってしまったためです。クラスメートの都合がつかないことが多かったので、ほとんど一人で山へ行きました。こずかいがあまりないので、装備などというものはほとんどありません。スニーカー(ズック靴)に、体育の授業で使う運動着を着て山へ行っていました。しかし、本来どのような装備が必要かは図書館で山の本を読んでいたので、ある程度は知っていました。ハイキングにはキャラバンシューズ(布製ハイキングシューズ)の方がよいとか、綿の下着よりも毛や絹の下着の方がよいとかは知っていました。ちなみに、当時は吸湿速乾性のある下着などありませんでしたし、毛や絹の下着は高価だったため大人でも着ている人はあまりいませんでした。

何度か日帰りで山歩きをしているうちに、次第に山歩き技術が身に付いたと思います。たとえば、歩く前に簡単な準備運動をした方が大きな怪我をしなくなることは、実際につまずいて足をくじいたときによくわかりました。準備運動をしなかったときには、足首が腫れてひどく痛んだし、ころんで手を突いたときに手首もかなり痛めたのですが、準備運動をしたときには足をくじいてもそれほどひどくなることはありませんでした。また、山歩きに慣れていないときには、若さにまかせて最初から飛ばして歩いてしまい、すぐにバテてしまいます。ところが、山歩きに慣れてくると、楽にしかも早く歩けるようになりました。歩き始めはゆっくり歩き、次第に体が慣れてくるに従い、マイペースで歩くようにすればよいのです。ウサギと亀の寓話は本当の話だったのです。このような山歩きの基礎技術は本にも書いてありましたが、やはり実際に自分で経験してみないとわからないものです。

中学2年の正月休みに、一人ではじめて冬の丹沢へ行ったとき、アイゼンがなかったのでズック靴にわら縄を巻いて滑り止めにしました。これは雪国の人の真似です。また、綿の下着では汗をかいて体を冷やし風邪を引きやすくなるため、どうすればよいか悩みました。本にいろいろと書いてありましたので、自分で片っ端から試してみました。最も簡単で効果的だったのが、背中にタオルを広げて入れておいて下山したときにタオルを引き抜くという方法でした。吸湿速乾性のある下着を着る現在でもこの方法は効果があります。下山してから自宅に帰りつく間はバスや電車に乗っているので体を動かさないため、汗でぬれた下着で体が冷えて風邪を引いてしまうのです。タオルは綿なので速乾性はありませんが、吸湿性と保温性がある程度あるので、これを利用するわけです。このような基礎的な登山技術は中学生のときに会得しました。

以上のように、日帰りのスリーシーズンの低山からはじめて、冬の低山へ、数日かけての夏の高山から春・秋の高山へ、そして冬の高山へと次第に困難な山へと経験を積んでいけば、無理なく登山技術を習得することができます。また、小屋泊まりを経験してからテント泊まりを経験すれば、装備の違いや荷物の重さの違いが実感できます。要するに、重い荷物を背負って歩くことを経験できますので、どのくらい体力が必要かがわかります。よって、金のない学生が小屋の食費・宿泊費を節約するためにテント山行をするには普段から体力づくりをしておく必要があるのです。

結局、本を読んだり、人に聞いたりしたことを自分で試し、トライ&エラーによって習得するのが最も早く登山技術を身につける方法だと思います。また、容易な山から困難な山へと次第に知識・経験を積んでいくことが、事故や遭難を少なくする唯一の方法だと思います。私が言いたいのはこのことであって、初心者だからといってグループ山行や集団山行に参加した方がよいということはないのです。人を頼る人ばかりが集まって山へ行き、しかも、名ばかりのリーダーの下では事故や遭難が起きるのは当然です。山の事故や遭難は自己責任であることを肝に銘じておくべきです。山では絶対に人を頼ってはいけないのです。

ちなみに、『単独行』の著者として有名な加藤文太郎氏は次のように書いています。「単独行者はいかにして成長してきたか、もちろん他の多くのワンダラーと同じく生来自然に親しみ、自然を対象とするスポーツへ入るように生まれたのであろうが、なお一層臆病で、利己的に生まれたに違いない。彼の臆病な心は先輩や案内に迷惑をかけることを恐れ、彼の利己心は足手まといの後輩を喜ばず、ついに心のおもむくがままに独りの山旅へと進んで行ったのではなかろうか。かくして彼は単独行へと入っていったのだが、彼の臆病な心は彼にわずかでも危険だと思われるところは避けさせ、石橋をたたいて渡らせたのであろう。彼はどれほど長いあいだ平凡な道を歩き続けてきたことか、また、どれほど多くの峠を越してきたことか。そして長い長い忍従の旅路を経てついに山の頂へと登っていったに違いない。すなわち彼こそは実に典型的なワンダラーの道を辿ったものであろう。かくの如く単独行者は夏の山から春ー秋、冬へと一歩一歩確実に足場をふみかためて進み、いささかの飛躍をもなさない。故に飛躍のともなわないところの単独行こそ最も危険が少ないといえるのではないか」と。

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