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第40回 足ごしらえについて

NHKの放送で、山歩きのベテランは地下足袋を履いている、地下足袋は滑りにくいのでお勧めです、というようなことを言っていた。これはとんでもない間違いである。すでに何度も書いたように、山道には石ころや木の根などがあって、その上を柔らかい地下足袋で歩くと、頻繁に足裏と足首が曲げられるため、足が非常に疲れるだけでなく、捻挫しやすい。そのうえ、つま先で石や木の根を蹴飛ばしたり、足の上に石が落ちてきたりして怪我するからである。

山歩き用の靴が丈夫にできているのは足を保護するためだ。また、足首が容易に曲がらないように編み上げになっているのも、山歩きで起きやすい捻挫を防ぐためである。よって、山歩きには山歩き用の靴を履かなくてはいけない。山で時々、ベテラン気取りで地下足袋や長靴などを履いている人を見かけるが、単にかっこつけているだけだ。

これまで何度か山歩きの靴について書いたが、山歩き用の靴以外のものを履いている人がかなりいるので、改めて足ごしらえについて書くことにする。山歩きで最も重要な装備だからだ。山を歩くには山歩きに適した靴を履くというのが常識だが、そうしない人たちもいる。たとえば、子供たちだ。子供たちは通常、スニーカーを履くが、それは山歩き用の靴は値段が高いからだ。私も中高生のころはスニーカー(ズック靴)やバスケットシューズを履いて山歩きをした。また、山歩きのプロである山小屋の主人がスニーカーを履いていたりする。たとえば、丹沢の鍋割山荘の草野さんはスニーカーを履いて60キロ以上の荷物を背負って歩いている。スニーカーの方が軽くて歩きやすいと言っている。ただし、岩山を歩くときには登山靴を履くそうだ。当然だろう。

林業に従事している人たちは、通常、地下足袋を履いているが、これは山歩きのためではなく、木に登ったり、倒れている木の上を歩きながら枝を払ったりするのに適しているからである。また、昔は、沢登りをするときに地下足袋を履いたものだが、現在は沢登り専用の靴を履く。しかし、山小屋の主人で地下足袋をいつも愛用している人もいる。その理由は、濡れた木の根や岩の上でも滑りにくいうえ、小石や土や雪が中に入らないからだ。要するに、滑り止め用のゴムバンドを付けたりスパッツを付けたりする必要がないのだ。私も磯釣りや畑仕事をするときには地下足袋を履くのでよく分かる。

スパッツを付けなくてもいいと言えば長靴もそうだ。山小屋の主人で長靴をいつも愛用している人もいる。雨の日だけでなく、沢を渡渉するときにもいいからだ。しかし、長靴では下り坂で爪先が当たって痛いので、縄やひもで長靴の上から縛り、足を適度に締めて爪先が当たらないようにしてやれば歩きやすくなる。しかも、縄やひもで縛った長靴は、濡れてコケが生えた石の上や雪の上でいっそう滑りにくくなる。

数千メートルの高山を重い荷物を背負って歩くシェルパ族は普段はいつも裸足だ。子供のころから裸足で生活しているので、山でも裸足のほうが歩きやすいのだそうだ。彼らの足の裏は靴底のように硬くなっているという。しかし、雪があるところに行くと冷たいし滑りやすくなるのでひもを巻きつけたスニーカーを履く。さらに、高度が高くなって岩と氷になると登山靴を履く。アイゼンも着ける。

スニーカーにしろ、地下足袋にしろ、長靴にしろ、それぞれ長所があって山歩きに適しているように思える。しかし、いずれも根本的な問題がある。それは、「足を保護する」という履物本来の機能が不十分なのである。何度も言うが、山には石ころや木の根などがたくさんあり、道はでこぼこなのだ。しかも、坂道なので登ったり下ったりしなければならない。つまり、足裏や足首が頻繁に曲げられる。そのため、疲れやすいだけでなく、捻挫しやすくなるのだ。また、石や木の根につまずいたり、蹴飛ばしたりするとつま先を痛めたり傷つけたりする。

私たちは日ごろ、シャルパ族のように裸足で歩いたり、山小屋の主人のようにいつも山道を歩いているわけではない。私達は日ごろは町に住んでいて、整備された道をスニーカーやビジネスシューズなどを履いて歩いている。したがって、私達の足は山歩きに適した足にはなっていない。だから、山を歩くときには山歩き用の靴を履いて足を保護する必要がある。決して、かっこつけて山小屋の主人や山仕事をする人たちのマネをしてはいけない。

2月の厳寒期に八ヶ岳の赤岳に登ったことがある。八ヶ岳は北アルプスより寒く、マイナス20度ぐらいになる。当然、私は厳寒期の高山歩きに適した格好をしていた。冬用の登山靴に12本爪のアイゼンを付け、冬山用防寒防風着を着て、皮の手袋をして、ピッケルを持って歩いていた。そのうえ、目出帽をかぶりゴーグルを付けていた。赤岳の頂上近くまで登ったとき、一人のおじさんがこちらに歩いて来るのに出会った。その格好はワイシャツの上に工場労働者のような作業服を着て、日本手ぬぐいでほっかぶりをしていた。足元を見ると、わら縄を巻きつけた長靴を履いているではないか。そして、ピッケルも持たず、手は軍手を着けて腕組みしてスタスタと歩いていた。

私は唖然として、すれ違うときに挨拶することも忘れ、その後姿を見送った。赤岳の頂上はガスっていて周囲の景色があまりよく見えなかったので、頂上に着くとすぐに頂上直下の赤岳小屋に入った。小屋に入るなり、先ほど出会った人のことを話した。すると、「この小屋の親父だ。ちょっと下まで行って来ると言って出て行った。」と小屋番が言った。やはり、山歩きのプロは違う。人間とは思えない。

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