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第4回 安全登山祈願

『新ハイキング』誌に投稿するも、ボツになった珠玉の名品

<序文>

本稿は貴重な原稿であって、かつ、珠玉の名品である、と私は思うのだが、なぜかボツになってしまった。実に残念である。本稿は信州マタギの風習を基に綴ったものである。東北マタギに関する文献は数多く存在し、また、その風俗習慣はテレビや映画あるいは新聞や雑誌など、あらゆるメディアによって報道されている。しかしながら、信州マタギに関する文献はない。新聞や雑誌、あるいはテレビなどで信州マタギに関する記事が掲載されたり報道されたりしたことはない。

なぜか、それは信州マタギには現在でも守り続けられている「おきて」があるからである。その「おきて」とは、「マタギのことはマタギに聞け」というものである。それは、マタギのことはマタギでなければわからない、と言うことだ。別の言い方をすれば、「マタギのことはマタギ以外の者に話してはならない」という意味なのだ。よって、マタギのことをマタギに聞いても決して教えてはもらえない。

もし、このおきてを破ると、真冬に山奥に連れて行かれ素っ裸で放置されるという。それは男に縁が無い醜女とされる山の神様への貢物となるのである。その信州マタギのことを私は書いたのである。珠玉の名品であるかどうかは別としても、あの有名な民俗学者柳田国男氏もびっくりするであろう貴重な原稿であることに間違いないのである。な~んちゃって。

<本文>

先輩から久しぶりに電話がかかってきて、いっしょに穂高に登ろうと言う。あまり気が進まなかったのだが、友人のYがいっしょに行くというので私も行くことにした。先輩は子供のころ両親を無くされ、祖父に育てられたという。その祖父がマタギであった。そして、子供のころから祖父に連れられてよく山へ行ったのだという。そして私も、その先輩に昔よく山に連れていってもらった。先輩は時々おかしな行動をしたが、雨の中で濡れた木をこすって火を起す方法や飲み水がなくなったときの対処の仕方など教えられることが多かった。

山行当日、待ち合わせ場所の松本駅前広場に行くと、まだ二人とも来ていなかった。そこでベンチで昼寝をしながら二人を待つことにした。どのくらい寝ただろうか、Yに起されて目が覚めた。「いやぁ、久しぶりだなぁ」と挨拶してから、「先輩はまだかな」と聞くと、「そこで寝ているよ」とYが言う。見ると私が寝る前から寝ていた奴だ。「本当に先輩かよ」と言いながらしげしげと顔を見ると、確かに昔の面影がある。「先輩ずいぶんと老けちまったなぁ、頭が真っ白じゃねぇの」と小さな声で言うと「去年奥さんを無くされてから急に老けちまったんだ」とYが言った。

新島々行きの電車の中でも、上高地行きのバスの中でも、乗客が少なかったこともあって、昔の話で盛り上がった。上高地に着くとすぐに歩き始めた。河童橋の所まで行くと、先輩は何を思ったかザックを降ろして、「橋の上から穂高を見たい」と言った。それを聞いて、「えっ?」とYが不思議そうに小さな声を出した。確かにおかしい。そんなことをする先輩ではないのだ。

昔はいつも上高地のバス停から明神までは急いで歩き、明神館で一休みしてから、久しぶりで山へ来た嬉しさと懐かしさを味わいながらゆっくりと徳沢へ向うのが常であった。であるから、私もそのつもりでいたし、明神館と徳沢の間には、今ごろはきっとニリンソウの群落が咲いているだろうと期待しながら急いで歩いていたのだ。先輩にとって、山は神聖な場所であり、短いスカートにハイヒールを履いた女などがたむろする汚された上高地は見るに忍びないのだ。

先輩は河童橋の真ん中あたりまで行くと、嬉しそうに穂高を眺めた。私たちも先輩に並んで立って穂高を眺めた。前穂はガスで霞んでいた。しばらく眺めていると、先輩は「これから安全登山祈願を行うからお前たちも見習うように」と言った。そして足を少し広げて立ち、ズボンの前を開けてチンポコを引っ張り出し、両手を腰に当て大きな声で、「あんぜ~ん、とざ~ん、きが~ん!」と叫んで腰を上下に動かした。するとチンポコも上下に動く。「あんぜ~ん、とざ~ん、きが~ん!」今度は腰を左右に振った。するとチンポコも左右に動く。

先輩は言う。「山の神様はチンポコを見ると殊のほかお喜びになる。お前たちもお見せしろ。」「あんぜ~ん、とざ~ん、きが~ん!」今度は腰を器用に回転させている。見るとチンポコもぐるぐる回転している。感心していると、先輩が叫んだ。「見ろ、山の神様がたいへんお喜びになっておられるぞ!」 前穂を見るとガスが少しづつ晴れていくではないか。先輩は私たちの方を向いて、「お前たちも早くお見せしろ!」と言う。私はYの顔を見た。するとYも私の顔を見て、「逃げよう」と小さな声で言った。そこで私は「よし」と答えてから、「先輩、お先に~」と言いながら駆け出した。

信州マタギは現在でも、冬山に入る時には素っ裸になって山の神に男根を供えると言う。それは、熊を獲るため冬山を何日も歩き回るだけの体力と気力を備えているかどうかの試験でもあるのだ。マタギの長(オサ)であるシカリはマタギたちの体と男根を見て山へ入る者を決めるのだと言う。山へ入れないものは村の笑い者にされ、また、熊撃ちによって得られる収入を絶たれることになる。信州マタギの血を引く先輩はきっと真剣に安全登山祈願をしたのだろう。先輩は昔から変わっていたが、年を取った今も昔のままだった。良かった、良かった。

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