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第39回 アイスバーンでアイゼンが効かない

正月休みに甲斐駒に登った。以前から、中央線から見える甲斐駒の形がかっこよかったので、いつか登ろうと思っていた。最初は雪のない時期に登ろうと思っていたのだが、雪をかぶった甲斐駒がいっそうかっこよく見えたので、どうしても登りたくなった。それで、初めての甲斐駒登山が正月休みになった。一日目は戸台までバスで行って橋本山荘に泊まった。宿泊客は私を含め全員で11人であった。私以外3グループいて、話を聞いてみると、2グループは仙丈に、1グループは甲斐駒に登る予定だと言う。単独は私一人だけだった。私以外の人たちは自家用車で来たようで、翌朝は早めに出発した。私は最後に小屋を出た。どうせ今日私は、戸台川に沿って5時間ほど歩くだけなので、急ぐことはない。戸台川は水が少ないせいか、ほとんど凍っていて、川沿いの道は、車はもちろん人もおらず、一人さびしく歩いた。

大平山荘は営業していなかったが、北沢峠の長衛荘が営業していたので、長衛荘に泊まることにした。長衛荘は仙丈に登るにも甲斐駒に登るにも都合のよい場所にあるので、正月休みは営業しているということだった。宿泊客は私を含めて6人だけだった。私以外の5人全員が翌日仙丈に登る予定だという。私は翌日稜線に沿って登るつもりだが、冬に甲斐駒に登る人は通常、通年営業の水仙小屋に泊まってそこから登るらしい。その方が稜線まで樹林帯が続いているので、比較的安全に登れるという。私は初めての甲斐駒登山なので、そのことを知らなかった。

宿泊客のうち2人連れの女性は、わざわざ沖縄から仙丈に登るために来たとのことだった。夏に登って気に入ったので、今度は冬に登ってみたいと思って来たという。仙丈ってそんなにいい山なのか。皇太子殿下も夏に登ったことがあるという。小屋の人がそのときの様子を話してくれた。私以外の仙丈に登る予定の人たちは、皇太子殿下がこの小屋に泊まって仙丈に登ったときの写真を見ながら、翌日の山行について話し合っていた。

翌朝は風もなく、快適な山行が期待できた。冬山で最も怖いのは風だからだ。アイゼンを着け、ヘッドランプを着け、ピッケルを持って小屋を出た。しばらくジグザグに曲がった道が続いた。暗い樹林帯の中をヘッドランプをつけて歩いているので、曲がるたびに、また曲がるのか、何度曲がればいいんだと思いながら登った。明るくなってからもしばらく樹林帯が続き、ようやく周囲が見える稜線に出た。しかし、快晴とまでは行かないので、遠くまで見通せるわけではない。それでも、景色はぼんやりと見える。風はほとんどないが、少し休憩するとかなり寒さを感じる。景色を見ながらしばらく登ると、アイゼンがあまり効かなくなった。そこで、ピッケルでステップカットしながら一歩一歩登った。

しばらくステップカットしながら登っていったが、そのうちアイゼンがほとんど効かなくなった。アイスバーンだ。足を斜面にフラットに置くと、まるでガラスの上に乗ったように滑ってしまう。そのうえ、ピッケルのブレードも跳ね返す。そこで、ピッケルのピックで氷の一箇所を何度も打ちつけ、つま先ほどのくぼみを作り、そこにアイゼンの先端の爪を引掛けて爪先立ちで登った。坂の途中で少し平らな場所があったので、一休みしようと思い、足場を確保してから振り向いたところ、すぐ下に深い谷があって滑って落ちたら確実に死ぬと思われた。それまで登ることに夢中で気づかなかったのである。

高所恐怖症の私は、まさに恐怖で足がガクガクしその場にへたり込んだ。目を背けて氷の斜面に目を向けたが、それ以上登る気力がなくなった。しかし、下ることはもっと怖いし難しい。登ることも下ることもできなくなった。私は大変なところに来てしまった、なぜこんなところに来てしまったのだろうか、家にいればきっと今頃コタツでみかんでも食べながらテレビを見ているに違いない、と思った。しかし、しばらくして、こんなところにいつまでもいるわけには行かない、なんとかしてここを脱出しなければ、と思うようになった。ここまで登ってきたのだから、このまま同じようにして登ればきっと脱出できる、そう自分に言い聞かせた。そして、また登りはじめた。絶対に後ろを向かないようにしてピッケルで足場を作り、そこにアイゼンの爪を引掛けて一歩一歩爪先立ちで登った。絶対に滑らないように確実に足場を作りながら登った。

登り続けていると、上の方から人の声がした。上を仰ぐように見たが人の姿は見えない。しかし、「ムリするなー」「今、ザイルを下ろすー」と言っているのが聞こえた。そして、まもなく上からザイルが下りてきた。私は、助かったと思った。肩掛けでザイルを体に巻きつけてから上を見ると、人が見えた。そこで、ピッケルを上に向けて円を描きOKの合図を送った。すると、上からも「上がってきていいぞー」と声がした。そこで私は、ピッケルを背中とザックの間に刺し込み、ザイルを両手で掴み、滑らないように体と斜面とをできるだけ直角にし、アイゼンがフラットに斜面に当たるようにして、ザイルを手繰りながら登った。ようやく登り終えると、「あんたザイルの扱いがうまいな」と言われた。私は、何度もお礼を言った。その人は水仙小屋の人だった。その人の話によると、夕べ水仙小屋に泊まった人のほとんどが甲斐駒に登ってから北沢峠に下りる予定だということから、夜中に登って先回りしてコースの点検に来たという。

私は岩登りはしないので、ザイルを使うことはないのだが、ザイルの扱いは多少慣れている。というのも、学生時代にアルバイトで道路の上のがけ崩れ防止工事を数ヶ月間行ったことがあるからだ。この仕事は、本来は高所作業の免許が必要で、危険なため、アルバイト料が高く、そのためやることにしたのである。私は高所恐怖症であるにもかかわらず、どういうわけか急な崖をロープに捕まりながら上り下りするのは恐くなく、現場監督の指導を受けながら仕事をしていたら、そのうちにロープの扱いが上手になったのである。

ところで、冬の高山に行くときには、必ずアイゼンの爪を研いでから行く必要がある。おそらくほとんどの人が、アイゼンを何度も使用しているにもかかわらず、買ったときのままで、爪を研いだことがないのではないだろうか。私の失敗を繰り返さないでいただきたい。

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