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第33回 梅雨どきの北アルプス山行の勧め

梅雨どきは当然ながら雨がよく降る。しかも、学生にとっては新学期、連休、学園祭などのあわただしい時期が終わり、ようやく落ち着いて勉学に専念できる時期である。また、社会人にとっても新しい仕事に慣れ、新年度の活動が軌道に乗り始める時期である。したがって、梅雨どきに北アルプスに登ろうなどという人はほとんどいない。

しかしである。受験や学期末試験で失敗して浪人や留年をしなければならなくなった人、新しい仕事に行き詰っている人、いわゆる5月病から抜けられない人、失恋の痛手に耐えかねている人、新しい人との人間関係に悩んでいる人、メタボリックシンドロームにかかっている人などは梅雨どきの北アルプスに出かけてみてはどうだろうか。憂鬱で不健康な状態から脱出できるにちがいない。なぜなら、北アルプスでは梅雨どきこそが花と新緑の季節だからである。梅雨の晴れ間に土日を利用して上高地を訪れてみるがいい。そこでは、小梨の花やニリンソウの群落を見ることができるであろう。 そして、梓川のせせらぎを聞きながら新緑のブナの森の中を歩くと、いろいろな小鳥の鳴き声が聞こえてくる。また、どこからともなく、木や花の香りが漂ってくる。体力と春山の経験がある人はそのまま歩を進めて北アルプスに登るがいい。

私は穂高と槍とのどちらに登ろうかと考えながら上高地から横尾に向かって歩いていた。結局、穂高に登ることにした。槍沢のだだっ広い雪の斜面を一人で登るのは寂しいからである。徳沢でも横尾でもテントを張っている人はいなかった。横尾山荘に泊まったら宿泊客が3人だけだった。横尾谷では雪の斜面の下を雪解け水が勢いよく流れる音がしていた。5月の連休に大勢の登山者が付けた雪の上の道は、ところどころ陥没していたり、スノーブリッジができていたりして、とても危険で歩くことはできない。そこで、山側に付けられている夏道を歩く。横尾谷をづっと登って、穂高の頂が見えるころになってようやく雪の上を歩くようになる。

雪は多くの水を含みシャーペット状になっているため、靴が雪に深くもぐり、皮製の登山靴(クラシックブーツ)ではびしょぬれになってしまう。びしょぬれになった皮製の登山靴を山小屋の玄関にある靴棚に置いておくと翌日には凍ってしまい、履けなくなる。梅雨どきとはいえ、北アルプスでは零下なのである。山小屋も客が少ないときには玄関先での暖房をしない。このようないわゆる腐った雪道を歩くときには、アイゼンとワカンを併用すると滑りにくいし、もぐらない。また、ズボンの上に雨具のズボンを履いてその上にロングスパッツを付ける。そうすれば靴の中も濡れないしズボンも濡れない。最近ではほとんどの登山靴がアルパインブーツ(硬質ゴム+皮革又は新素材製)となっており、水を含んだ雪でも靴の中に水が入りにくくなっている。しかし、足になじんだ昔ながらのクラシックブーツをいまだに愛用している人はいる。

涸沢に一泊し、翌日、北穂高岳に登った。5月の連休のころと比べるとやはり暖かい。5月の連休のころは、ちょっと天候が悪くなると冬山に後戻りしたように寒くなり、雪が降ってくる。しかし、梅雨どきではもう雪が降ることはない。しかも、天気がよければ雪の照り返しで暑く夏山と同じように大汗をかく。北穂への登りは急斜面なのでスリップしたら一気に数百メートル滑り落ちてしまう。ピッケルはほとんど利かないので滑落停止は不可能であろう。ピッケルのスピッツェ(尖った先)を雪に突き刺すとズボッともぐり、ピッケルを持つ手まで雪の中に入ってしまう。だからといって、頼れるのはピッケルだけである。スリップしないようにアイゼンをつけた靴を雪の中に蹴り込んで足をしっかり確保してからピッケルを垂直に深く刺し込む。これの繰り返しで登る。後ろを振り向いて景色を眺めたいが、スリップが怖いので振り向くことができない。ようやく稜線に出てゆっくりと振り返るとすばらしい景色が待っていた。そこからほどなくして北穂小屋についた。学生時代に、ピッケルを買う金がなく傘をピッケル代わりにして5月の連休に登ったが、そのとき北穂小屋の小山さんにこっぴどくしかられたことを思い出した。

北穂小屋は標高3100メートルにあり日本で最も高いところにある小屋である。しかも、日本で最も険しい場所にある。何しろ敷地が非常に狭く、小屋のすぐ裏は、鳥も通わぬと言われた岩登りの名所滝谷である。そんなところに小山さんが一人で建てたのである。このようなところに小屋を建てるなどというのは正気の沙汰ではない。柱や土台など小屋の材料を下から一人で背負って荷揚げしたのである。その様子を見て途中から仲間が増えたようだが、小屋の梁(はり)を見るとかなり太い。相当な重量があると思われる。よくもまあこんなものを担いで登ったものだと感心する。小山さんが書かれた本を読むと、小屋を建てるきっかけとなったのは失恋であるという。失恋の痛手に耐えかねて村にはいられなくなって北穂高の頂上に小屋を建てて住むことにしたという。失恋というものはものすごい力を発揮するものである。失恋をしたことがある人もない人も一度はこの小屋の柱や梁を見てみるといい。

翌朝、出かけようと小屋の前に出てみると、太陽が既に昇っていて足元の雪が七色に輝いてとてもきれいだった。小屋の中から私と同じ単独行者が一人、数人のグループが一組、それと二人連れが一組出てきた。昨夜泊まった人はこれで全部である。数人のグループは2本のザイルでアンザイレン(ザイルでお互いに結び合う)して、「電車ごっこしながら下りよう」と話し合っていた。二人連れはというと、「ここから行こうか」「そうしよう」と言葉を交わしてから、なんと小屋のすぐ前の急斜面を横尾谷に向かって一直線に下り始めた。私ともう一人の単独行者は思わず「え~」「まさか~」と声を出した。まるで源義経の「一の谷鵯越の逆落とし」のようである。ルートでもない急斜面を平気で下っていくとは。

私はもう一人の単独行者と世間話をしながら昨日登ってきたルートをゆっくりと下りていった。少し行ってから涸沢が眼下に見えるところで一休みして、下から登ってくる人をなんとなく眺めていた。すると、その人が立ち止まって背筋を伸ばそうとした時に荷物の重さで後ろに引かれ、あわてて戻そうとしたときにスリップした。そして、一気に滑り落ちていった。私たちは「あーっ」と声を出した。その人は滑落停止体制をとろうとしているようだったがブレーキが利かず、スピードが落ちないまま滑り落ちていった。とはいっても、スピードはそれほど速くない。200メートルほど落ちて斜面が緩やかになったところでようやく止まった。すると、その人はすぐに立ち上がって、何事もなかったかのようにまた登り始めた。

これである。これこそ私が梅雨時の北アルプス山行を勧める理由なのである。つまり、梅雨時は雪そのものがブレーキとクッションの役割を果たすため、たとえ滑落しても死んだり怪我をしたりすることがないのである。これに対し、夏はむき出しになった岩や硬くなった残雪があるし、冬や春は雪が凍って硬くなっているので、滑落したら早めに止めなければ死ぬか大怪我をする。となれば、一年のうちで最も安全なのが梅雨時なのである。

すぐにまた登り始めたのを見て私はホッとして、「良かったなあ」と言うと、もう一人の単独行者は、これならグリセード(靴をスノーボードがわりにして滑り下りること)で下りられそうだと言った。かなり急坂ではあるが、確かに靴でブレーキをかけながら滑り下りることはできそうである。彼はグリセードで下ろうとしたが、結局、怖かったのか谷側(前方)を向いてゆっくり一歩一歩下りていった。一方、高所恐怖症で臆病者の私は、登ったときと同じように山側を向いて後ろ向きで一歩一歩下った。

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