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第28回 避難小屋利用山行の勧め

一般コースというのは地図に太い線で示され、道や道標が整備され、誰もが歩けるコースである。つまり、登山技術や経験があまりなくても歩けるコースなのである。しかも、一般コースには要所要所に必ず小屋があり安心して山歩きができる。さらに、一般コースだがあまり人が歩かないようなコースには避難小屋がある。

あまり人が歩かないようなコースではそれなりの準備が必要である。なぜなら、避難小屋は無人小屋だからだ。小屋番はいない。よって、まず、心の準備が必要である。普段、都会での生活では多くの人は人に頼って生きている。だから山でトラブルが起きた時に対処できない。人が多いコースでは、いざという時には近くの山小屋や誰かに助けを求めれば何とかなるという気持ちがある。しかし、無人小屋しかなく出会う人もいないようなコースではそれができない。あまり人が歩かないコースというのは、通常、山奥で携帯電話も通じない場所である。たとえ同行者がいたとしても、山では当てになるとは限らない。よって、なんでも自分で解決しなければいけない。まして、単独行の場合にはなおさらである。

次に装備であるが、水や食料、自炊道具、防寒具などは当然として、山でよく起きる捻挫や怪我、腹痛や頭痛、発熱などに備えての医薬品が必要である。また、毒蛇にかまれたりスズメバチに刺されたりしたときのポイズン・リムーバーが必要である。また、それらに対処する応急措置の知識・経験がどうしても必要になる。これらの装備や知識・経験は多くの人が歩くコースでもある程度必要であるが、人がいないコースではすべて自分で対処しなければいけないので普段から訓練しておく必要がある。

つまり、避難小屋利用山行ではいざという時のための準備をしっかりしておく必要があるのである。また、避難小屋といってもあまり当てにはできない。管理人が年に数回点検しているようだが無人である以上どういう状況になっているかは現地に行ってみなければわからない。したがって、少なくともツェルト(簡易テント)とシュラフ(寝袋)は持って行ったほうが良い。以上の点を考えると、避難小屋利用山行というのは山歩きに必要な技術を学ぶことができる最も良い山行スタイルなのである。そもそも登山技術というのは、山道を歩くだけの技術ではなく、山での生活術なのである。つまり、衣食住、医療、気象、地理などに関する総合技術なのである。

さて、実際に避難小屋を利用した山行について書いてみようと思う。夏に山中湖の平野から高指山(たかざすやま)孤釣山(こもつるしやま)畦ヶ丸(あぜがまる)西丹沢自然教室までと、一泊二日で歩いた時のことを書くことにする。このコースは東海自然歩道であるから地図には特に太い赤線で示されていて道はしっかりと整備されているので、道に迷う心配は全くない。コースタイムはおよそ10時間で途中、孤釣と畦ヶ丸の二箇所に避難小屋がある。

それぞれ、3、4時間歩いたところに避難小屋があるので、一日目と二日目にどこまで歩くかを計画して歩けば無理なく歩けるようになっている。つまり、一日目に3、4時間歩き、二日目に6、7時間歩くか、それとも一日目に6、7時間歩き、二日目に3、4時間歩くかである。私は自宅を朝早くでて平野に着いたのが午前10時ごろだったので、一日目は3、4時間歩き弧釣小屋に泊まることにした。しかし、弧釣の手前でお昼を食べ午後の2時ごろには弧釣の避難小屋に着いたので、頑張って畦ヶ丸まで行くことにし、畦ヶ丸の避難小屋に夕方5時半ごろに着いた。暗くならないうちに着いてホッとした。

ところで、この二日間で途中で出会った人は二人だけであった。二人とも反対側から来てすれ違った人たちである。また、いずれも私と同じ単独行者であった。一人は40歳ぐらいの人で、もう一人は78歳の人であった。40歳ぐらいの人とは挨拶をかわしただけである。というのも、この人はいかにも山の初心者という格好であり、何かを頼まれたくないという思いがあったからである。この人はジョギングシューズを履いており、ズボンはジーンズであった。

ジョギングシューズは足首までしかないので捻挫しやすい。山では捻挫を防ぐためにくるぶしまで覆う靴が絶対に必要である。人のいない山奥で、もし捻挫したら独力で下山するのに数日かかってしまう。また、ジーンズは汗をかいたり、雨に濡れたりしたら足にまとわり付いて足が上がらなくなり歩くのに非常に疲れる。吸湿速乾性のあるズボンに比べたら、おそらく何倍ものエネルギーを使うことになるだろう。この40歳ぐらいの人は若さと体力でがむしゃらに歩いているのである。山では若さや体力があってもほとんど役に立たない。こういう人は一度、気が狂うほどののどの渇きやひもじさを経験をしてみると良い。山をなめるんじゃないと言いたい。

一方、78歳の人は装備もしっかりしており歩き方も注意深く、一目見ただけで全く心配ない人だと思った。私とすれ違う時に最初にご自身が78歳だと言われた。互いにそれまでのコースの状況や避難小屋の様子などを話し合った。最初、人の歩かないようなコースを78歳の人が単独で歩くというのはよほどのベテランなのだろうと思ったが、まだハイキング歴は5年だと言う。良い指導者について訓練を受けているものと思われる。この人は、このコースを3日かけてゆっくりと歩いていた。

だからと言って楽だということにはならない。それだけ余分に水と食料を担がなくてはならないのだから。私は二日分の水が4リットルと非常用に1リットルで、計5リットルの水を持って行ったが、一日目に3.5リットルの水を飲み干してしまったので、結局、非常用の水を使ってちょうど良い量であった。それだけ、のどが渇いたのである。一日に3.5リットルというのは私も初めてのことである。私の荷物の重量は約18キロだったので最近の山行では重いほうである。それにかなり暑かった。78歳の人は私以上に水と食料を持っているはずだから、確実に20キロは超えていたはずである。私も78歳になったときにそれだけの荷物を持って山歩きができるようになりたいと思った。

さて、結論であるが、避難小屋利用の山行を勧めるのは、山歩きに必要な装備とその使い方、山での生活術などを総合的に習得することができるからである。こういう経験を重ねていけば早い段階で山を安心して歩けるようになるし、日常生活においても人を頼らないで生きていく心構えと術を身に付けることができるだろう。

考えてみれば、昔のマタギは、近代のマタギとは異なり、通常一人で山に入り何日も熊を追って歩いた。毛皮を身に付け鉄砲と弾と山刀以外はほとんど荷物を持たず、水も食料も山で調達し、夜も自然にあるものを利用して寝たのである。詳しい地図も磁石も時計も持たず、山の地形や植物、月や星などで現在位置や時間を推定したのである。こういう技術を我々文明人も学ぶ必要がある。そうすれば、山で遭難することなどないはずである。人に頼ったり携帯電話やGPSなどの文明の利器に頼るのではなく、自然に頼ればよいのである。そもそも、熊や鹿などの動物が山で遭難したなどという話は聞いたことがない。動物が山で暮らせるのであるから、動物よりも頭が良い人間が何も装備を持たずに山で数日過ごすことなど容易なはずなのである。私はそれができるようになりたいと思う。

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