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第27回 あなたは人間ですか

朝起きて窓を開けると、昨夜降った雪に朝の光が反射してとてもまぶしかった。目を細めて見上げると、雲一つない青空が広がっていた。今日は休日である。すぐに身支度をし、ザックを肩に引っかけて家を出た。

山に行きたい。いや、むしろ、山に帰りたいという気持ちは、山が私の遠いふるさとだったからに違いない。私の先祖はきっと、山の中で動物たちといっしょに暮らしていたのだろう。

久しぶりに丹沢表尾根を歩く。登山口の蓑毛から山頂の塔の岳を目指して、新雪を踏みながらゆっくりと歩く。快晴無風のうえ、雪の照り返しで春のように暖かい。大汗をかきながらようやく山頂にたどり着いた。おにぎりを食べてから、裾野まで雪にすっぽりと覆われた富士山をぼんやりと眺めていると眠くなってきた。

小一時間ほど昼寝したであろうか。寒さで目を覚ますと、青空は消え空一面雲に覆われてあたりが薄暗くなっていた。風も出ている。時計を見ると、既に午後2時を過ぎていた。そこで、急いで下山することにした。

大倉への下りは、丸太の階段が続いていて実に歩きづらい。そのうえ、雪が解けて滑りやすい。気をつけて下ることにした。そう、気をつけていたつもりだった。が、ついうっかり足を滑らせ、腰骨を丸太に強く打ち付けてしまった。どうにも痛くて起き上がれない。しばらくそのままでいると、寒さで体が震えてきた。しかし、どうにもならない。そのままじっとがまんしてした。

痛みが少し薄らいできたので、ゆっくりと上体を起こし、まず、タオルに雪を包んで患部を冷した。次に、ザックの中から防寒具を取り出して着込んだ。また、テルモス(魔法瓶のドイツ語、英語ではサーモス)を取り出して温かいコーヒーも飲んだ。そして、ゆっくりと立ち上がった。しかし、すぐには歩けそうもない。そこで、近くにあった棒切れを拾って杖にしてみた。すると、何とか歩けそうだ。そこで、そろりそろりと下った。

途中で暗くなってきた。ザックからヘッドランプを取り出し、スイッチを入れた。が、つかない。しまった! 日帰りの予定だったので、電池の点検をしておかなかったのだ。まもなく真っ暗になった。せめて月明かりでもあれば下山できるのに。バス停までほんの30分程度だというのに、こんな所でビバーク(不時露営)か。

熊笹の中で一夜を明かすことにして、手探りで準備していると、ピシャ、ピシャ、ピシャ、と雪解け道を歩く音が聞こえてきた。人が来たな、と思って音のする方を見たが、その人が持っているはずの懐中電灯やヘッドランプの光が見えない。音はだんだん近づいてくる。人ではないのか、動物か、いったい何だ、薄気味悪い。音はさらに近づいてきた。すぐ近くまで来た。そして、目の前で止まった。背筋に寒気が走る。目を凝らしてじっと見たが、何も見えない。すると、「おい、そこで何やってんだ」と、その主(ぬし)が口を利いた。私はびっくりして思わず、「あのう、あなたは人間ですか」と言ってしまった。すると、「バカヤロー! 何言ってんだ」ときた。どうやら人間らしい。

実は・・・と説明すると、その人は「ちょっと待ってろ」と言ってから、何やらガサゴソ始めた。まもなく小さな火が見えたかと思うと、たちまち周囲が明るくなって、目の前に人が浮かび上がった。見ると手に松明が握られている。あっそうか、そういう手があったか。松明とは気づかなかった。しかし待てよ。この人は暗闇でも目が見えるのか。そのうえ、いとも簡単に火を起こし松明を作ったぞ、雪解けで木が濡れているというのに。

確か、人間と動物との根本的な違いの一つは、人間は火を起こすことができるが動物にはそれができないということだったな。とすれば、火を起こすことができない私は、人間ではなくなっているということか。しかも私は、動物のように暗闇で物を見ることもできない。私は人間でもなければ動物でもないということか。こんな私を、ご先祖様は何と思われるだろうか。

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