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第2回 野営を楽しむ

春の野に、スミレ摘みにと来しわれそ、野を懐かしみ一夜寝にける

これはご存知、万葉集にある山部赤人の歌である。かつて私はこの歌に魅せられて同じことをしたことがある。つまり、スミレ咲く春の野で、着の身着のまま野営をしたのである。・・・横になって、春の香りを楽しみながら星を眺めていると、いつのまにか眠りに落ちていく。そして、ウグイスの鳴き声で目がさめ朝を迎える・・・などと想像していた。ところが実際には、寒くて寒くて一晩中震えていたのである。

万葉人は何の準備もなく野営を楽しんだ。私も是非そうしたいと思ったのである。そのためには、日ごろから寒さに慣れる訓練が必要である。しかし現代の生活ではかなり難しい。サッシのガラス戸が外気を完全に遮断し、温かい太陽の光だけが家の中に入ってくる。まるで温室の中で生活しているようだ。そのうえスイッチ一つでいつでも暖房を入れることができる。我々はすでにそのような生活に慣れてしまっているのである。

考えてみれば、万葉の頃から戦前までの日本人の生活はほとんど変わっていないのではないだろうか。すきま風がヒューヒューと吹き込む家で暮らし、暖房といえば囲炉裏や火鉢しかなかったのである。おそらく戦後の急速な文明の発達が我々を寒さに弱い人間にしてしまったのであろう。

そこで、我々文明人が暖かく快適に野営を楽しむために何が必要かを考えてみた。あれもこれもと準備すれば荷物が重くなって、かえって野山を歩くのがつらくなる。そこで、保温効果が高く、しかもできるだけ軽い装備が必要となる。

まず第1に、雨風を防ぎ外気を遮断するには、テントまたはツェルト(非常用簡易テント)が必要だが、私はテントよりもツェルトの方が良いと思う。テントは居住性は良いが重い。ツェルトは居住性は悪いが400グラム程度で軽いし、上着のポケットに入ってしまう。そのうえ、保温効果はテントとほとんど変わらない。

第2に、地面から来る寒気を防ぐには、テントマットが必要だが、これは電気製品などの包装に使われている、プチプチシート(と私は呼んでいる)で代用できる。軽くて、しかも保温効果は大きい。ただし、決して面白がってプチプチしてはいけない。保温効果がなくなってしまう。

第3に、身体を直接温めるには、暖かい食べ物や飲み物を摂るのが一番で、コンロとコッヘル(簡易なべ)が必要だ。この他、ホカロン、唐辛子、GI水筒(湯たんぽになる)なども役に立つ。

体温を逃がさないようにするためには防寒具とシュラフ(寝袋)が必要である。夏の低山なら防寒具を身につけ、シュラフカバーにもぐり込めばシュラフは不要だ。また、非常用のレスキューシートを身体に巻いても良い。防寒具はセーターやフリースジャケットなど好きな物を持っていけば良い。小物で重宝するのはマフラーだ。体温の70%~80%は首の周囲から逃げるそうだから、最も保温効果が大きいといえる。ネックウォーマーや目出帽は体温調節が難しく使いづらい。マフラーは広げると真知子巻きで頭から首まで覆うことが出来るし、肩掛け、背あて、腹巻などいろいろに使えて便利だ。

以上の装備の重さは全部で約3キロ程度しかない。食料と水を加えても約5キロである。これらを小さなザックに入れ、ふらっと出かけてお花畑や熊笹の中で一晩過ごしてみたらどうだろうか。人間は文明によって弱い身体になり、また、文明によってその弱い身体が守られている。文明が発達するにつれて人間はますます弱くなっていく。恐ろしいことである。この悪循環を断ち切るには、時には文明生活から離れ、野山を歩き回り、そして野営を楽しむが良い。大自然の中で寝食することにより丈夫な身体になり、ついには野生本能がよみがえってくる。月がきれいな夜などには、月に向かって吠えてみたくなるのだ。うおぉーー!

※ 『新ハイキング』誌 98年4月号に掲載されたものに加筆修正したものです。

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