次ページ  目次

経営相談どっと混む

第18回 山歩き事始めの始め(2)

小学校の入学式の日、私は学校へ行くのがいやでした。なぜなら、私のランドセルはボール紙で作られたもので、しかも中古だったからです。私が小学校に入学した昭和27年当時でも、そのようなランドセルを背負っている人はいませんでした。みんなが革のランドセルを背負っているのに私だけがボール紙のランドセルを背負って行くのがいやだったのです。このランドセルは父がどこからかもらってきたもので、ボール紙に油をしみこませて革に見せかけたものです。づっと後に父から聞いた話によると、終戦間際にゼロ式戦闘機の操縦席の風防部分に使われていたものと同じ材料だそうです。ゼロ戦が終戦間際はボール紙で作られていたこともびっくりですが、ランドセルもボール紙で作られていたのです。

入学式の当日、革のランドセルを持ってきた人は3分の1程度で、多くの人はリュックサックやいろいろな布のカバンを持っていました。中には風呂敷で教科書を包んで来た人もいました。それで私は少し安心しました。入学式の翌日はみんなでお花見に行くことになり、ランドセルでもリックサックでも良いと先生からお話がありました。そこで私は保育園に通うのに使っていたリックサックを背負って行きました。朝、先生から少しお話があってから、みんなでお花見に出かけました。一時間ほど歩いてお花見の名所として知られている花水川の土手に着きました。花水川は平塚市と大磯町の中間にあって、当時ほどではありませんが現在でもサクラがきれいな場所です。

秦野の方から川の土手に沿ってづっとサクラの木が植えられているため、下流では川の水面が花びらでびっしりと埋め尽くされて、まさにその名のとおり花の水の川となっていてとてもきれいなのです。それまで見たこともない大きな川だったのと遠くまで続くサクラの並木、このような美しい光景を見るのは初めてでした。川に沿って植えられているサクラがちょうど満開で土手はサクラのトンネルとなっていました。水面は花びらのじゅうたんがゆっくりと流れていくようでしたし、その花びらのじゅうたんの上で魚がときどき飛び跳ねていました。サクラのトンネルの中を一時間ほど歩いてから、学校へ帰りました。その日は美しい景色に出会えて本当に楽しい一日でした。

ところが、お花見から帰ったその日から私は怖くて夜も寝られなくなってしまったのです。実は、それまで、遠いところへ行く時には必ず母か父と一緒でなくてはいけない、また、一人でどこかへ行く時は必ず同じ道を帰って来なくてはいけないと母から言われていたのです。そして、もしこのことを守らないとおまわりさんに連れて行かれるとも言われていました。おまわりさんに連れて行かれると牢屋に入れられてしまうので、絶対にこのことは守らなければいけないと母からきつく教えられていたのです。

したがって、お花見は母との約束を破ってしまったことになるわけです。遠い所へ母でも父でもない人と行ってしまったのです。だから絶対におまわりさんに連れて行かれる、そして牢屋に入れられると思ったのです。いつおまわりさんに連れて行かれるか恐ろしくてしかたなかったのです。毎日、恐ろしくて寝付けないし、どうも夜中に毎日うなされていたようです。母から何か心配事があるのかと何度も聞かれましたが、それでも、母との約束を破ったことを言えませんでした。

私は、このままではいけないと思い、自分で解決することを決意したのです。それは、お花見で歩いた道を逆に一人で歩いてくれば、約束を破ったことにならないのではないかと思ったからです。というのも、母から言われていた、一人でどこかへ行った時は必ず同じ道を通って帰ってこなければいけない、ということを実行すれば良いと思ったからです。そこで私はお花見で通った道を一人で逆に歩いて来ようと決心したのです。そして、学校から帰って、お昼ご飯を食べるとすぐにまた学校へ行って、お花見で通った道を逆にたどり一人で歩こうとしました。

ところが、途中で道がどうしても分からなくなって仕方なく戻ってきてしまいました。その後、何度も挑戦したのですが、どうしても分からずあきらめざるを得ませんでした。やはり、人に連れられて歩いた道は忘れてしまうのです。そして、母から毎日どこへ行っているのかと尋ねられ、ようやく母にこのことを話しました。母は、心配することはない、学校の先生と一緒ならどんなに遠くへ行ってもいいんだよ、と言ってくれました。また、おまわりさんに連れて行かれないから心配することはないよとも言ってくれました。しかし、一人でどこかへ行く時には絶対に同じ道を帰ってくるんだよ、そうすれば迷子にならないからとも言われました。

このお花見で、遠くへ行くと未知の美しい世界があることを知りました。また、父や母だけでなく先生と一緒ならどんなに遠くへ行ってもいいということも分かりました。また、一人でどこかへ行っても同じ道を帰ってくれば迷子にならないことも改めて分かりました。それで、それから私の挑戦が始まったのです。それは、お花見に行ったときの道を探して絶対に一人で歩いてみるぞという挑戦です。それからほとんど毎日、一人で出かけたのです。帰る道が分からなくならないように少しずつ少しずつ距離を伸ばして行きました。そして、ついにお花見で歩いた時と同じ道をひとりで歩くことができました。約3時間ほどの道のりを一人で歩くことができたのです。

私はこのお花見をきっかけにいつも学校へはリックサックを背負って行くことにしました。また、未知の美しい世界を見るために、私は一人で遠くまで歩いたり、遠足に行くことが好きになったのです。また、学校の帰りにわざわざ遠回りして桑の実を取って食べたり、蛇イチゴやのびるを取って食べたり、いわゆる道草を食うのが好きになりました。一人で遠いところに行っても同じ道を戻ってくれば絶対に迷子にならないとわかった時から、また、遠いところにはそれまで見たことがない美しい景色や楽しいことがあると知ってから、私の一人歩きが始まったのです。

以上、子供の頃の経験を思い出しながら書きましたが、いろいろな経験により、遠足や山歩きが好きになったのだと思います。つまり、未知の美しい世界を見たいという思いや道すがらいわゆる道草を食いながらいろいろな楽しい出来事に出会いたいという思いが山歩きの原点ではないかと思うのです。また、山歩きをすると心身ともに元気になるというのも理由です。女流登山家で女医さんでもある今井道子さんは、「山はお医者様」と言っておられます。私もそう思います。また、一人で山へ行くことが多くの人に危険だと思われているのは、単に山歩きの知識と経験がないからだと思います。

何事も知識と経験がなければ危険なのです。小学生の時にほとんどの人は遠足が好きだったのに、大人になって自分から山に行こうとしないのは知識と経験が不足しているからです。一人で山へ行くのは危険だと言うのも山を知らない人が言うことばです。なぜなら、大勢で行けば安心かというとそうではないからです。大勢で行けば必ず人を頼るようになります。いざというときに誰かが助けてくれると思っているのです。なぜなら、ほとんど人はそのために大勢で行くのですから。みんなで歩けば怖くないと思っているのです。そしていざという時には誰も助けてくれません。なぜなら、いざというときに助けてあげようと思って大勢で山へ行く人はいないからです。そもそも、一人で行けば頼る人はいませんから自分の体力や技術・経験の範囲内でしか行動しません。よって、一人で歩いた方が安全・安心なのです。単独行者として有名な加藤文太郎氏も同じようなことをその著書、『単独行者』に書いています。

Ⓒ 経営相談どっと混む

次ページ  目次