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第11回 道連れ

休日というと雨ばかり。山に行けないのでストレスがたまる。ある日の夕方、仕事から帰って来て、どうしても山に行きたくなった。しかし、外は雨。しかも、明日は仕事。でも山へ行きたい。行きたくていても立ってもいられなくなった。今から出かけて、夜に登り明日の朝早く下山できないだろうかと考えた。

ホームグランドの丹沢表尾根縦走ならいける。子供のときからもう200回以上登っている。夜でも歩けるコースである。早速、頂上の尊仏小屋に、今から行きますと電話した。すると、「布団を敷いておくから静かに小屋に入って寝てください」と言われた。すぐに身支度をしてザックを肩に引っ掛けて出かけた。いつでも山へ行けるように準備してあるので5分で出発できる。途中、コンビニに寄って水と食料を買った。

登山口に着くとすぐに歩き始めた。雨の夜の登山。なんとなく薄気味悪い。でも、杉の香りと雨の音が心地よい。滑るので足元を照らしてよく見ながら歩く。ときどき、ふっと誰かが後ろにいるような気がして振り返る。誰もいない。やはり、雨の夜の山は不気味だ。ヘッドランプを消すと暗闇である。雨が強くなってきた。雨具のフードを通して頭に当る雨粒が痛い。傘を差すと傘の先が木の枝によく引っかかるので歩きにくい。途中二回滑って転んだ。やはり、雨の夜の登山は危ない。

やっと、頂上についた。小屋の明かりが見える。まだ人が起きているようだ。すでに10時を回っている。山小屋は9時消灯だからおかしい。何かあったのだろうか。小屋に入ると、数人が歓迎してくれた。「今日は宿泊者がわれわれのグループとあなただけなので、小屋番に言ってあなたを待つことにした」と、見ず知らずの人たちが言った。「雨を突いて夜に登ってくる人がどんな人か見たかった」と言う。「こんな人です」と雨具を脱いで言うとみんな笑った。お互い、山好きの仲間である。軽く食事をしてから電気を消して布団に入った。

翌日は晴れた。よく寝たので、すがすがしい気持ちだ。昨日の仲間はすでに暗いうちに出発したらしく、小屋には誰も残っていない。朝食を食べながら、小屋番に挨拶した。「夕べいた人たちはもう出発したようですね」と言うと、「夕べはお客さん一人だけだよ」とおかしなことを言う。不思議に思いながらも出発した。

ガスが道の片側の斜面を上がってきている。秦野側は晴れていて、厚木側はガスだ。足元にも濃いガスがまつわりつく。そのため足元がよく見えない。そのうえ、下りはいっそう滑りやすいので気をつけながら歩く。でも、景色は最高である。遠くの大島まで良く見える。雨で空気が浄化されたのだ。太陽が昇ってきてガスが薄くなってきた。足元のガスはなくなり、厚木の町も見え隠れする。るんるん気分で歩く。

何かが後ろから付いてくるようだ。立ち止まり、回れ右をして見るが誰もいない。人ではないようだ。しかし、何かいる。何かがいる気配がする。それもづっと後ろから付いてくる。何だろう。不気味だ。気のせいかもしれない。気を取り直して、また歩く。しかし、気になる。また、立ち止まって、回れ右をして見る。何もいない。おかしい。何かがいるのは確かだ。づっと付いてくる。何度も何度も回れ右をしてみるが何もいない。

厚木の町が見えたときに立ち止まって厚木のほうを向いた。その時、また何か後ろの方に気配を感じた。それで、今度は回れ左をして見た。すると、なんとそこには小さなブロッケンがあった。今まで見えなかったのは、こわごわ回れ右をしていたために、左後方を良く見なかったからだ。なんと小さなプロッケンであろうか。直径50センチほどである。こんな小さなかわいいブロッケンを見たのは始めてである。しかも、丹沢でブロッケンを見るのも生まれて初めてである。

ブロッケンとは丸い虹である。虹は本来、まん丸なのだ。太陽の光が雨粒にあたって、七色に分光するのだから、雨粒が丸ければ当然、虹も丸くなるのである。しかし、地上では半円しか見えない。それは虹を写し出すスクリーンが上半分しかないからである。山では、スクリーンが足元より下にもあるので、虹の本来の姿が見えるのである。直径50センチほどの小さな丸い虹。しかも、二重になっていて、私の姿が真ん中に写っている。うれしくなった。それから左後ろを時々振り返りながら歩いた。づっと私の後を付いてくる。

三の塔で一休みした。お茶を飲みながらなんとなく烏小屋のほうを眺めていると、濃いガスが湧いてきて、また、ブロッケンが現れた。今までよりいっそう、くっきりと見える。そのブロッケンをなんとなく見ているとだんだんと遠ざかって小さくなっていって、ついに見えなくなった。それで、また出発した。その後、ブロッケンはもう現れることはなかった。もしかすると、三の塔で別れの挨拶をしてくれたのかもしれない。また、もしかするとブロッケンは昨日の仲間だったのかもしれない。

<参考>

ブロッケンはヨーロッパアルプスのブロッケン山で最初に発見され、ブロッケンの妖怪と呼ばれて恐れられた。街では見えない不思議な現象なので妖怪と呼ばれたのであろう。日本では北アルプスなどの高山でよく見られるので山が好きな人なら誰もが知っている。良く現れる場所は、北アルプスの槍・穂高連峰や白馬岳、剣岳、などである。なぜこのようなところに良く現れるのかというと、(1)長野県側(東側)に雪渓があって太陽が昇ると水蒸気が立ちあがりスクリーンを作る、(2)水蒸気が山の岩壁に当って水滴になる、(3)夕方になると太陽が富山県側(西側)に傾くので太陽の光が水滴に当って虹ができ、それがスクリーンに映し出されるのである。したがって、北アルプスでは一年中見られる。丸い虹の中央に自分の影が写るので、初めてブロッケンを見た人は自分に後光が指したように見え、感動する。条件が合えば上空の雲にできたブロッケンを飛行機から見ることができるが、通常は山が好きな人でないと見ることはできない。

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