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第10回 野山に咲く花を尊ぶ

私が子供の頃、父は勤めのかたわら、家の近くに畑を借りて温室とビニールハウスを立て、副業として花作りをしていた。そして私は、花作りをよく手伝わされた。

花作りは、土作りから始まる。まず、畑の中に大きな穴を掘る。穴の中で火を起こし、その上に2畳ほどの大きさの鉄板を置く。そして、鉄板の上で土をシャベルで返しながら焼く。土を消毒するためである。次に堆肥を土の上に乗せ土とよく混ぜる。焼けた鉄板の上で下駄を履いて作業をするのだが、とても暑くてしかも臭い。

種の植え付けは、花によっていろいろだが、例えばシュクラメンの場合、米粒ほどの種をピンセットで取って植え付ける。数万個の種を一つずつ植え付けるのは、単調でうんざりする。

日々の仕事は、水やりと温度管理であり母の仕事である。温度管理は、気温に応じてハウスの天窓と側窓を開閉して行なう。冬の夜は、ボイラーを焚いて暖房をする。途中で火が消えないように、夜中と朝方の二回、父と私が交代で起きて点検する。もし万一、火が消えて室温が五度以下に下がると、花はひと晩で全滅してしまう。冬の夜に起きて畑まで行ってボイラーの点検をするのは寒くてつらい。

出荷作業もたいへんだ。花はほとんど一斉に咲くので、二週間ぐらいの間、毎日、学校から帰ってから夜中まで作業をする。例えばフリージャの場合、昼間母が切り取った数千本の切り花を一本ずつ下葉を取り、大きさをそろえ、本数を数え、セロファンで覆って束ね、箱詰めにする。そして私が夜中に何度も集荷場まで自転車で運ぶ。風呂に入って寝るのは明け方になる。毎日、1、2時間ほどしか寝れない。起きて学校へ行くのが眠くてつらい。

出荷して数日してから、いくらで売れたかを市場が知らせてくれる。それを見ると、子供心にも何でそんなに安いのかと思う。たとえば、シュクラメンは一鉢50円から100円ぐらいである。花屋では一鉢500円から1500円ぐらいで売っているのに。足掛け3年かけて種から育てたのに。途中で2回も植え替えたのに。種代と、土代と、肥料代と、鉢代と、ボイラーの重油代と、そして毎日の労働と。どう計算しても割が合わない。父母はいつも、「花作りはくたびれ儲け」と言っていたが、花作りを止めようとはしなかった。なぜ止めないのかと私が聞くと、花が好きだからと言っていた。だが私にとっては、花は単につらい労働の対象であって、けっして好きにはなれなかった。

しかし、野山に咲く花は違う。つらい思いをして育てる必要はない。自ら育つのだ。なんと力強いことか。それで私は野山に咲く花が好きになった。自ら育ち、花を咲かせているのを見ると、いっそう好きになる。

春、野山の道端に咲いているスミレを見ると、どうか人に踏まれないようにと願う。夏、漂ってくる山百合の香りに気がつくと、どうか人に採られないようにと祈る。秋、急激な寒暖の変化に耐えて、リンドウが咲いているのを見ると、がんばれと言いたくなる。冬、降り積もった雪を跳ね返して、何事もなかったかのように咲いている野菊を見ると、なんとたくましいのだろうと思う。

高山に咲く花は生きるために想像を絶する努力をする。イワギキョウは文字どおり岩に咲く。身の丈10センチほどの小さな花なのに、岩の窪みや裂け目に根を張り、そこに溜まる水分や養分を吸収して生きている。そして、その根で岩をも砕き、岩の中、数メートルも深く根を下ろす。したたかというべきか、すさまじいというべきか。

高山植物の女王と呼ばれ、信州大学の校章にもなっているコマクサは砂礫に咲く。砂礫は崩れやすく、しかも水を貯えることができない。よって、コマクサは根を下ろして水分や養分を吸収することができない。そこで、根を横方向に張り、そこに溜まる水分や養分を吸収している。よって、砂礫が崩れても流されても生きていける。なぜそうまでしてそんな場所にいるのだろうか。与えられた厳しい環境の中で生きる努力をしている花を見ると頭が下がる思いである。

温室で育てられた花は単に鑑賞し、また、香りを楽しむ対象にすぎない。だが、野山に咲く花は違う。生き方を教えてくれる。自ら努力して生きよ、どんなに厳しい環境に置かれても強く生きよ、と教えてくれる。それゆえに、野山に咲く花は尊い。

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