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序 事例研究(ケース・スタディ)の概要と意義

企業経営における事例研究(ケース・スタディ)というのは実在した企業について調査研究したり、これに基づき学習を行ったりするものです。目的は企業家や経営者・管理者の養成です。同じ目的で実施されるものにビジネス・ゲームがありますが、これは実在した企業ではなく、架空の企業を企画・創設してゲーム形式で意思決定や行動の良し悪しを競うものです。いずれも大学や大学院、あるいは企業で活用されています。

しかし、実際には、いずれも経営学の学習という傾向が強く、あまり企業家や経営者・管理者の養成に結びついていないように思えます。また、一つの事例について学習したり、あるいは一つのゲームを実施するのに、数日かかる場合もあります。これらの理由で日々業務に追われている多くの人たちは、事例研究(ケース・スタディ)やビジネス・ゲームを敬遠しがちです。

本来、企業家を目指す人たちや経営者・管理者が経営学を習得することは必要なことですが、経営学を習得することと企業家的能力や企業家精神、あるいは経営管理能力を身に付けることとは別のことです。それは、仕事やスポーツと同じで、頭で理解していることと実際の場で意思決定し行動できることとは別のことだからです。畳の上で水泳の訓練をしても実際には泳げるようにならないのと同じです。やはり、実際に経験を積む必要があるのです。

しかし、そうは言っても実際に企業家としての経験や企業経営の経験を積むのは難しいことですし、また、経験を積んだからといって有能な企業家や経営者・管理者になれるとは限りません。自己の経験に頼りすぎて、いわゆる経験主義に陥り、独りよがりになってしまうことが多いのです。そうならないためにはやはり多くの擬似体験を積む必要があるのです。この意味では、架空の企業を企画・創設して行うビジネス・ゲームよりも実際の企業事例を基にして行う事例研究(ケース・スタディ)の方が実在した企業なので擬似体験しやすいわけです。しかし、筆者は事例研究(ケース・スタディ)においても従来の事例研究(ケース・スタディ)では効果的に企業家や経営者・管理者が養成できるとは思えません。そこで、その理由と対策について説明します。

実在した企業の事例研究(ケース・スタディ)は学問分野で言えば経営史学(経営の歴史研究)になりますが、経営史学はさらに「企業の歴史研究(企業史)」と「経営管理の歴史研究(経営管理史)」と「企業家の歴史研究(企業家史)」の三つの分野に分かれます。企業史はいわゆる社史であって、一つの会社の歴史を中心に研究するものです。経営管理史は経営管理の制度・仕組み(システム)や経営理論などの歴史を中心に研究するものです。企業家史は企業家の活動の歴史を中心に研究するものです。

一方、経営学は主に現代における経営管理の制度・仕組み(システム)や経営理論を研究するもので、経営史学の研究成果を活用しています。従来の事例研究(ケース・スタディ)における多くの事例(ケース)は企業史や経営管理史の研究成果を基に作成されています。その理由は、主に経営学者(経営学の専門家)が作成しているからです。したがって、多くの事例研究(ケース・スタディ)はどうしても経営学の研究や学習が中心になってしまうのです。

その一方で、企業家史は人物の歴史なので、その人物の資質や性格についての研究が必要であり、経営学だけでなく、社会心理学や文化人類学の知識が必要なのです。さらに、たとえば、東京大学名誉教授中川敬一郎氏の論文によれば、「意思決定や行動というものは企業家の人間的、主体的、主観的、したがって非合理的なものに左右される」ので、これらについての研究が必要となるのです。

さて、ハーバード大学の企業家史家A・H・コールは次のように書いています。「経営学者は、ビジネスマンと言うものはどの国でもどの文化でも、また、どの時代でも同じだと思っているのです。一方、企業家史の研究者は、ある時代のある国のビジネスマンは、何ゆえに彼が現在持っているような性格を持ち、また、何ゆえに彼が経営しているやり方で経営しているのかを知るのに関心を持っているのです」と。

以上でお分かりのように、企業家や経営者・管理者の養成のためには、企業史や経営管理史に基づく事例研究(ケース・スタディ)ではなく、企業家史に基づく事例研究(ケース・スタディ)が必要なのです。なぜなら、経営学の習得が目的ではなく、企業家的能力や企業家精神、あるいは経営管理能力の養成が目的だからです。そこで、弊社では実在の企業家による活動に基づき、短時間で実施できる事例問題(ケース)を作成することにしたのです。しかし、企業家の人間的、主体的、主観的、したがって非合理的なものをどのように科学的に研究・学習すればよいか、これが重要です。これについては個々の事例問題の解答、解説をお読みください。

さて、以上の考え方に基づき、アメリカで実在した企業家の活動についてケース・スタディ(ケース・メソッドによる研究と学習)が行えるように弊社オリジナルの事例問題(ケース)を作成しました。個人で学習することもできるし、グループで学習することもできます。一人の企業家の活動をいくつかに分割し、それぞれに事例問題(ケース)を作成しました。あなたと実在した企業家とを比較する問題や、企業家としてどのような意思決定あるいは行動をとるべきかについて問題にしましたので、企業家の立場で解答してください。

予め問題に対する解答を用意しておいてから、解答例と解説を見てください。グループで学習する場合には、各人が解答した後にグループディスカッションを行って各人の解答や意見をグループで共有してから解答例と解説を見てください。本来、実際の企業経営には良し悪しがあっても正解はないのですが、学習のために解答例を正解とさせていただきます。意思決定や行動がその企業にとって最も良いと思われるものを解答例としています。よって、実在の企業家が実際に行った意思決定や行動が正解とは限りません。実際に意思決定や行動が間違ったためにいろいろな問題を発生させているのです。

企業家的能力や企業家精神、あるいは経営管理能力があるかどうかは、困難な場面で適切な意思決定や行動ができるかどうかによってわかります。次々と降りかかる困難な場面で実在の企業家がどのような意思決定や行動をとったのか、あなたはその実在の企業家と同じ意思決定や行動がとれるのか、あるいはそれより優れた意思決定や行動がとれるのか、それを点数でカウントしますので、あなたの能力が点数でわかります。一つの事例問題の解答が正解なら10点、不正解なら0点とし、一人の企業家の活動で10個の事例問題がありますので、すべてが正解ならば合計100点となります。実在した企業家が80点で、あなたが90点であれば、あなたは実在した企業家より優れていることになります。

ところで、アメリカの企業家の活動を事例にした理由は、アメリカではヨーロッパや日本と異なり過去の歴史のしがらみがほとんどなく、荒野を開拓するように、ゼロから出発して能力と努力によって企業家(革新者)となった人が多いからです。つまり、アメリカでは、封建制による階層的社会構造や伝統的な威光・特権、あるいは法的規制などといったものがほとんどなく、企業家の活動を妨害するようなことが少なかったのです。このため、アメリカでは比較的純粋な形で資本主義社会が成立発展し、そして世界一の工業国となることができたのです。

ちなみに、ハーバード大学の経営史家A.D.チャンドラーは「19世紀アメリカにおいて経済的変化を担ったのは主に私的個人であった」と述べております。このことは21世紀の現在においても同じであって、いわゆる「アメリカンドリーム」と言われるように、個人の努力と能力しだいで企業家(革新者)になることができるのです。マイクロソフトのビル・ゲイツやアップル社のスティーブ・ジョッブスの例でもお分かりかと思います。

つまり、アメリカの企業家の活動を事例(ケース)にして研究・学習することにより、企業家というものの能力がより明確にわかるので、その能力を体験学習しやすいのです。よって、企業家の養成が的確にできると思うのです。しかも、現代の日本にとって必要な人材は、成熟企業を維持・成長させる経営者・管理者よりも革新者すなわち企業家なのです。

「過去の事例研究(ケース・スタディ)は役に立たない、なぜなら時代が異なるから、経営環境が異なるから」と言われる人もおります。しかし、過去を知らずして未来は予測できないのです。過去における多くの事例を知っている人は未来予測ができるのです。そのため、適切な意思決定や行動ができるのです。現代は過去より複雑な経営環境にありますので、過去の経営環境における意思決定や行動は現代におけるより容易なはずです。しかも、日本はアメリカよりも複雑な経営環境にあります。あなたはアメリカの過去における有能な企業家にどこまで近づけるか、あるいは彼らを超えられるか、挑戦してみてください。

ところで、企業家(企業者、アントルプルヌール)とは経済史家シュンペータによれば革新者(新結合を遂行する者、イノベーター)のことで、次のような革新(新結合、イノベーション)を遂行する人のことです。

  1. 新しい財貨(商品)、すなわち消費者の間でまだ知られていない財貨、あるいは新しい品質の財貨の生産。
  2. 新しい生産方法、すなわち当該産業部門において実際上未知な生産方法の導入。
  3. 新しい販路の開拓、すなわち当該国の当該産業部門が従来参加していなかった市場の開拓。ただし、この市場が既存のものであるかどうかは問わない。
  4. 原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得。この場合においてもこの供給源が既存のものであるかどうかは問わない。
  5. 新しい組織の実現による独占的地位の形成あるいは独占の打破。

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